「ちはやふる」あれこれ

「ちはやふる」ほか、好きな漫画、アニメなど。

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ボソっと独り言

「千早が大人の階段のぼったら」記事中の独り言部分です。
作中の描写に対する批判とも取れる記述を含んでいますので、気にされる方は回避してください。


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<以下、独り言>

・・・でも正直言って、29巻の「勝ち急がない」とか「そばで戦い続ける」とかについては、違和感を感じました。

千早が自分のかるた以外を見始めた(この場合は、不器用な千早が相手に札を取られるリスクを負ってまで(?)、チームメイトの戦況を把握して気配りをする)という描写であろうことは理解はできるのですが、もし早く勝ったとしても孤立するかなぁ?
以前、原田先生が団体戦においては早く負けないことが重要と解説していましたが、逆に言えば、千早が早めに1勝してくれたら他のメンバーは楽になって嬉しいような。さらに、「団体戦は個人戦」で仲間を信じて勝負に集中する大切さを原田先生が説いていたような。

また、新の「ぼくは5歳相手でも手かげんせん男や(2巻)」のセリフ以来、どのような対戦相手に対しても手を抜かないことや、いつでも誠意を持って全力でかるたを取ることは、千早の良さであったはず。
千早が不慣れな調整役を頑張るようになったことは素晴らしいですが、まずは「目の前の相手との勝負ありき」で、実力差の範囲内で調整役をやって欲しかった。そして、千早のかるたに対する基本姿勢として、常にクイーンを目指すかるたが最優先であって欲しかった、というのが正直なところです。(観戦中の甘糟君が、千早が一点を狙うかるたを手放していないと感じている様子でしたが、そんな技術論ではないのですよ~。)

少なくとも、B級のヒョロ君に「おれのことナメてくれてんのかな」「ゆっくり目でも取れると思って甘く見てくれてんのかな」と思われる程度には、札を取られていたわけですしね。(その後、ヒョロ君は別のことを感じ取っている様子でしたが、それはさておき。)

北央の「誰かが負けたらターボをかけろ」ではないですけど、ここは(孤立だの何だのと話を盛らずに)シンプルに「1勝して波に乗れるように太一がチームを鼓舞していたことに、皆が気が付いた」という具合にでも理解しておいた方がいいような気がします。

肉まん君や机君も「真島がいないなら誰がやる おれだろ」って言っていますし、これからは皆でムードを作って声を掛け合って頑張ればいいじゃない。肉まん君だって「主将はおれだ いまこの部をいちばん強く支えるのは おれだ(28巻)」と頑張っていましたし、瑞沢かるた部は、千早や太一が作ったそれとは「もう違う」ものに生まれ変わっていたはず。

本来、早く勝つことと、チームメイトに声が届かない(28巻)ということは、全く別物だと思います。もし早く勝ったとしても、信頼関係に基づく適切な声掛けであり、かつ、聞き手が受け入れる態勢にあれば、チームメイトに響くでしょう。千早とヒョロ君(疑似太一?)の対比としては理解できますが、元々無関係な二つの特質に、さも因果関係が存在するかのような表現に見えるので(少なくとも表層的には)、少し無理が生じたのかもしれないなと思いました。

また、束勝ちするような強さと、苦しいときにどれだけ堪えたかるたができるか(29巻)は、対戦相手や戦況(チームとしての流れも含む)によっても変わっていくはずのものなので、こちらも両立可能ではないでしょうか。

(というか、折角の強欲キャラなんだから、今後は両立してほしいなぁ。最近、少しずつ軌道修正されてきているようにも見受けられますし。
そもそも近い将来クイーンになるという子が、格下相手に束勝ちするぐらい強くて何がいけないのさっ!?と思います。その点、新は(不器用キャラにされてしまいましたが)「早めに勝って応援する」と非常に潔いですねw)

・・・というわけで、この辺りの千早の葛藤と成長についての一連の描写に対する個人的モヤモヤ感を払しょくすべく、下記のように脳内補完してみました。
(金井桜さんやユーミンとの対戦で、千早が今まで知らなかった種類の強さと出会った時のイメージで。多分、見ている角度が異なるだけで、骨子としては同じかもです。)

チームを鼓舞できる人がいなくなった → 1勝しても波に乗れない → 団体戦で勝つには、自分が早く勝つだけではいけないんだ → チームの流れを作るため、皆の様子を把握して声掛けしよう → (皆が調子を取り戻す) → 団体戦を戦う上での、個人のかるたの強さとは別の種類の強さがあるんだ! → (ヒョロ君、すごいね!)

<独り言、おしまい>
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【結論(?)】
盛り過ぎ注意。


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「ちはやふる」英語版について

英語版「ちはやふる」。
ずっと気にはなっていたけれども、自分の読後の感じ方への影響が大きくなりそうだったので、長らく読むのを我慢していました。最近になって本誌の状況が物語の収束に向かって様々な材料が出揃ってきた感があるので、そろそろ(自分ルール的に)解禁してもいいかなと思い、少しずつ読み進めています。

私が把握している範囲では「ちはやふる」の英語版は、単行本(公式)1巻&2巻、アニメ1&2、本誌(非公式)の3種類がありますが、日本語の原作ですら解釈が難しくて論争喧しい「ちはやふる」がどのように訳されているのか、仕事柄、大変興味がありました(私は情緒のカケラもない産業系ですので全く分野は異なりますが)。
以前ネットでアニメ版の英語字幕の評判が良かったという話を目にしましたので、こちらもいつか見てみたいです(一体いつになるのやら~)。


●「ちはやふる」の翻訳は難しい

私は漫画やアニメの翻訳の現場についてよく分からないのですが、それでも断言します。

「ちはやふる」の翻訳はエベレスト級に難しい。

私はこの困難に立ち向かう人々のことを想像するだけで、「プロジェクトX」のテーマ曲が脳内再生され、思わずハンカチを握りしめてしまいます。世の中には「そこに山があるから登ってみた(・ω<) テヘペロ」みたいな人もいるかと思いますが、もし「お前がやれ」と言われたら、私なら全力で走って逃げます。(←オイ)
まずは、この難事業に挑んでおられるすべての方々に、心からの敬意を表します。

では、「ちはやふる」の翻訳はなぜ難しいか。

①日本人にすら馴染みの薄い競技かるたが題材
→ ルールを分かりやすく噛み砕きながら、冗長にならずに表現するのが難しい。

②意味としての百人一首
→ 短歌としての情緒を詩的に表現するのが難しい。特にストーリーに絡める場合、説明的になりがち。

③青春スポ根ものの独特なテンション
→ 感情の高まりを表そうとすると強い口語表現(特に若者言葉)になりがちで、特に②との両立が難しい。

④話者が分かりにくい
→ 吹き出しの尻尾が少ない。モノローグも話者が混同されがち。日本語ならまだ福井弁=新、敬語=年長者に対するものと分かるが、英語になると一層分かりにくい。

⑤現在連載中の作品
→ 過去の伏線との整合性を図るのが難しい。洞察力とともに、リスクヘッジと感情表現のバランスが必要。

・・・などといった諸々の難関を、厳しい字数制限がある中でクリアせねばなりません。いかに多方面に造詣の深い優秀な翻訳者であっても、これらを一個人がすべて満たすのは至難の業ですので、コストとの兼ね合いを考えながらプロジェクト全体として品質を担保する仕組み作りが重要となります。さらに、作業者個人にとっても、調べ物の方向性が多岐に渡るので、実際の翻訳作業以外の時間も相当取られるはずです。

な~んて、さも知ったかのように語っていますが、前述の通り私は当該分野については全く未経験ですので、上記はすべて想像です。ただ、「ちはやふる」が他の言語に翻訳するには相当に厄介な作品であろうことは間違いないのではないかと思います。


●ちはやふるバイリンガル版1巻&2巻(公式。コミックス1巻~3巻)

私は漫画の英訳本を読むのは今回が初めてなのですが、今までに何度となく原作コミックスを読んでいるので、すでに展開もセリフも覚えてしまっていて、ぶっちゃけた話、今さら1巻とかを英語で読んでも特に目新しいものはないかと思っていました。
ところがどっこい、このバイリンガル版は、まるで「ちはやふる」を初めて読んだ時のような、とても新鮮な気持ちで読むことができました。

それでいて、するするっと違和感なく話に入っていけて、登場人物のセリフにも躍動感があって、以前自分が「ちはやふる」にハマった頃の感覚を思い出しました。
読んでいて本当に楽しかったです。あのドキドキ感をもう一度味わうことができるなんて、感謝感激です!!!

私にとっては買って良かったと思えるバイリンガル版ですが、一応問題点も指摘しておきます。

本書はバイリンガル版なので、日本語と英語が併記されています。
コマの中に効果音や言葉が含まれる絵(札や看板など)などがある場合、そうした言葉の英訳が本来のコマに入らずにコマの外につくことになりますが、その位置にも配慮があれば、なお良かったと思います。
(翻訳の問題ではなく、DTPとかその後のチェック機能の問題ですね。)

一番気になったのが、1巻の小学生時代の教室で千早と新が背中合わせにぶつかって、お互いを見るシーン。二人の目線が交差する先に、何と上のコマ(千早が太一に回し蹴りをするシーン)の 'ZONK'(ゴウ)という効果音が書かれているのです。

このシーンは、「ちはやふる」における4大ボーイ・ミーツ・ガールどきどき見つめあいシーンの一つです。
(管理人ねこむぎこの独断と偏見による。①新聞配達時、②教室でぶつかった時、③雪の中の「新、新や」、④高校生になってからの再会時「会いたかった!」。)

それなのに、見つめ合う二人の真ん中に 'ZONK'(ゴウ)ってあんまりではありませんか(涙)。しかも、名詞であまりよろしくない意味の単語のようですし・・・。

ついでにもう一つ。バイリンガル版2巻で須藤さんと対戦中の千早が「あれは私の特別な札だから どこにあっても手が伸びるよ 磁石みたいに」と新の姿を思い浮かべる、かの名シーン。新の頭のすぐ上に 'WHACK' (バッ)という隣のコマの効果音が書かれているのも、一ファンとしては悲しいです。'WHACK' の方が '...like a magnet.'(磁石みたいに)よりもずっと大きい字で書かれているので、よっぽど目につきます。

明確な誤植とかではないので修正は難しいのかもしれませんが、このような重要なシーンについてはレイアウトに特に配慮していただければと、切に希望します。
(何をもって「重要」とするかは定量的に判断できないので、また別の難しさがあるでしょうが。)

まあ色々書きましたが、全体としては大変良かったですし、満足度も高かったです。
次巻の発売予定は何時ごろなのでしょうか?待ち遠しいです。


●本誌英語版(非公式だけどいいかな?)

本誌英語版はボリュームが沢山あるのでさすがにすぐに全部は読めませんが、取り急ぎいくつか掻い摘んで読んでみました。

こちらは訳した人の解釈に依存する表現が多く、また、本誌が発行された時点での読者の立場(=先が読めない状態)で訳されているので、作品全体として見るには客観性、整合性の面で留意が必要だなと思いました。
(29巻まで刊行された状態で過去のエピソードに遡って読むのは、いわゆる「神」目線となってしまいますので仕方ないですよね。)

直近で私が一番興味深かったのは、154首です。
全国大会で新と再会した千早が太一のことを聞かれ、「でも 気配は感じるの」と答えたセリフがありました。
本誌英語版では、ここは "I sense his presence." と訳されています。

presence には「目に見えないもの」の意も含まれますが、語感として「存在感」のイメージが強いので、翻訳者さんにとっては勇気ある訳語の選択だったと思います。
もし私だったら、"I can feel him." ぐらいにしておくと思います。
(だって自分の解釈が正しいかどうかはその時点では分かりませんし、予想のナナメ上を行ったり、回収までにやたら時間がかかる伏線もあったりして、めっちゃ怖いんですもの。末次作品。)

その後、選手宣誓をすることになった千早が動揺しつつも、「でも 気配は感じるの」との自分の言葉を思い出して大役を果たすシーンに続きますが、これを "I sense his presence." と訳したことにより、千早の決意が一層鮮明になったように感じられて、この場面がピリッと締まったように思います。
ということで、presence は訳語として良い選択だったのでしょう。

一方、当ブログの記事「ちはやふる30巻154首感想+156首プチ感想」で、私は下記のように書いています。

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さて、千早が新に語った「気配」については、解釈が難しいですねぇ。
太一と一緒に過ごした日々は心の中で生きている、とかでしょうか。
それともスタンド?
千早が「気配」という形容しがたい言葉を敢えて選択した理由がよく分からないので、今の段階ではかなり曖昧な印象を受けました。
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日本語と英語では単語の意味する範囲が異なるので、「気配」という言葉の持つ形容しがたい曖昧さを presence という単語を用いることによって、ある意味、犠牲にすることになります。(意味上1対1とならないので。例えるならば、「気配」と presence をベン図で描いて、重ならない部分を切り捨てざるを得ないというイメージでしょうか。)

これは言語の性質上仕方のないことですが、もし私が英語版を本誌より先に読んでいたら、きっとこの上記の感想は出てこなかったことでしょう。

(ついでながら、太一の気配を感じる千早を見て、私が思わず「志村、後ろ後ろ!」とお約束のように反応してしまったことは内緒ですが(シリアスなシーンにホントすみません)、もし presence であれば、これも出てこなかったのではないかなぁと思います。)

結局、何を大事にしたいのかは人それぞれ、といったところでしょうか。


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