「ちはやふる」あれこれ

「ちはやふる」ほか、好きな漫画、アニメなど。

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ちはやふる30巻155首感想(若宮家、考)

今回はややテンション高めの雑感、および、かるたのプロを目指すという詩暢ちゃんについて考えてみました。詩暢ちゃんの家族関係については、かなり深読みというか憶測を含んでいます。また、一部ネタバレ含みます。


●雑感

やっとやっと、普通(?)の読後感の「ちはやふる」が戻ってきた感じで、今回は本当に嬉しかったです。ずっとずっと待っていたよーーー!!!(大歓喜)
いや、千早や瑞沢メンバー達が、太一が去った悲しみから立ち上ってその穴を埋めようと頑張るのは、彼らの成長エピソードとして必要なのだろうと理解はしているのですよ。太一の存在がそれだけ大きかったという証として、エピソードをがっつりと盛ってあるのも納得しています。

ただ、如何せん重苦しい展開がもう長くて長くて・・・(涙)。
しかも、太一本人は個人として強くなるフェーズにすでに入っている様子(完全に吹っ切れているわけではないのでしょうが)なのに、このドロドロやジメジメ感は一体いつまで続くんですかぁー!?って天に向かって小声で叫んでおりました。
きっと近い将来、「あの時があったから今がある」的な感じになるのでしょう。というか、冬の時代を耐え忍んできた読者のためにも、是非そうあってくれぃ。


そして、今回の太一のTシャツ(Whatever you say)がいい!
これでこそ太一ですよ!こういうクスッと笑える感じの不憫さは大歓迎です。
私の太一への愛は息子か弟に対するもののような感じなので(すでに身内w)、軽い不憫さを愛でさせてもらいつつも、いつも見守っているよ!
そして、放流された鮭のように、一回りも二回りも大きくなって戻っておいで!


で、今回の雰囲気が嬉しすぎて、3回ほど読んでから新(将来の身内希望w)が出ていないことにやっと気が付きました。
なんてこと。せめて今日の晩ご飯はロールキャベツにしよう。



●詩暢ちゃん、かるたのプロへ

現クイーンの若宮詩暢ちゃんが、京女受け答えモードの健在っぷりを見せつけてくれました。女子高生に見事に掌で転がされている周防さんがステキです。

29巻で詩暢ちゃんが「かるたしか好きじゃない」「かるたしかできん」とおばあちゃんに心の内を吐露して、かるたのプロを目指すという話が出てきました。すわ、詩暢ちゃんも孤独な自分探しの旅に突入か?なんて少し心配していましたが、そんなことにはならなさそうで本当に良かった。何事も第一人者になるというのは壮絶な覚悟と試行錯誤が求められることには違いないのでしょうが、さすがに優秀なプロデューサーのおばあちゃんがついているので、きちんと目標に向かって歩んでゆけそうですね。
千早の生涯のライバルとして、長きに渡って高い壁であり続けてくれそうです。


実は今回の155首を読むまで、詩暢ちゃんがかるたのプロを目指すという話はあまりにも唐突過ぎて、私の中でまだ消化できていませんでした。詩暢ちゃんの孤高のクイーンとしての強さ(時として脆さを内包する)、美しさ、気高さ、格好良さはすでに十分ドラマティックに表現されていると感じていましたので、それ以上のドラマが詩暢ちゃんに用意されているとは正直思っていなかったのです。(いずれは主人公が勝ってくれないといけないし・・・ムニャムニャ
個人的には孤高を保ちつつも、時々ライバル達にデレてくれればそれで嬉しいと思っていました。

(特に、高2の高校選手権での「お待ちください!」や「うちはもっと強くなれる」のシーンは、もう一人ではないという喜びに満ち溢れているようで感動しました。アニメも本当に美しくて、アニメ化してくれて本当にありがとう!と思ったシーンの一つです。)


一方、高2のクイーン戦の前(23巻)に「夏に新に負けてから調子上がらん」と言っていたのが引っかかってもいました。新に負けた時、あんなに充足したような美しい笑顔を見せていたのに、何が彼女を立ち止まらせているのだろう、と。あのシーンの背後には、自分の好きなものと生きていきたいのにできない、かるたしかできない自分ではお母さんみたいにおばあちゃんのお荷物になる、という葛藤があったのですね。

また、詩暢ちゃん自身の将来の問題だけではなく、家族間の問題も根深そうです。
特に、詩暢ちゃんのお母さん(詩穂さん)の立ち位置がよく分かりません。
おばあちゃんは愛情表現には乏しいものの、実は愛情深く詩暢ちゃんを見守っているし、理解しようともしているのだろうと感じられるのですが、詩穂さんの詩暢ちゃんへの接し方は、離婚して経済的にも実家依存で肩身が狭いという次元を遥かに超えた歪みを感じます。

(例えば、高2のクイーン戦で、おばあちゃんが孫可愛さで着物を買ったわけではないと断言し、おばあちゃんが詩暢ちゃんを看板としての価値しか認めていないかのように伝えていましたね。心底そのように思っているのか、それともおばあちゃんの孫への愛を認めたくないのか。いずれにしても、かなり闇が深そうです。)

詩穂さんは、クイーン戦に付き合ったり、テレビ出演のアシストをしていることから、娘に興味がない人ではないとは思うのですが、詩暢ちゃんがお座敷で練習するのをやめさせようとするエピソードにも象徴されるように、常におばあちゃんの意に沿うように娘を型に押し込めたがる人だという印象です。まるでそうすることで、自分を認めてもらいたいとおばあちゃんに訴えているかのよう。

恐らく、詩穂さんは成長過程で愛情への飢餓感が満たされないまま大人になってしまった人で、自身の現状に対するコンプレックスとも相まって、親となった現在でも娘への愛情より母に対する承認欲求が優先してしまう人なのでしょう。「詩暢ちゃんのお母さん」というよりは、おばあちゃんの娘さんというか、若宮さんの家のお嬢さんのままの意識で止まってしまっているような気がします。(そして、詩穂さんの状況で娘にお母さんみたいになりたくないと言われるのはかなりキツイ。)

23巻のモノローグで詩暢ちゃんが「お母さんとはなんや 家族っていう感じせーへん・・・」と語っていましたが、恐らくこの親子関係の希薄さが詩暢ちゃんを追い詰め、疑似家族としてかるたの札のみとの繋がりを一層求める方向に至った一因かと思います。そして不幸なことに、家族という枠組みの外でも、伊勢先生の方針により同世代のかるた仲間がいなかったため、対人関係を排除する形で「孤独になるほど強くなるクイーン」が出来上がってしまったのではないでしょうか。

こうした歪んだ親子関係を改善するためには、詩穂さん自身の精神的な親離れがまずは必要なのではないかと思いますが、本作でそこまで扱われるのかどうかは分かりません。でも、素の詩暢ちゃん自身は根が優しい子なのだろうと感じますし、いつか詩暢ちゃんがおばあちゃんとお母さんの愛情を実感できる日がくればいいなぁと思います。

さて、テレビ出演のアシストは、おばあちゃんのシナリオですから、詩穂さんも大変協力的です。今回かるたのプロという共通目標ができたことで機能不全だった若宮家がまとまるのであれば、歪ではありますが、それはそれで一つの家族の形であり、愛情の形であるということなのかと思います。




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