「ちはやふる」あれこれ

「ちはやふる」ほか、好きな漫画、アニメなど。

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「ちはやふる」英語版について

英語版「ちはやふる」。
ずっと気にはなっていたけれども、自分の読後の感じ方への影響が大きくなりそうだったので、長らく読むのを我慢していました。最近になって本誌の状況が物語の収束に向かって様々な材料が出揃ってきた感があるので、そろそろ(自分ルール的に)解禁してもいいかなと思い、少しずつ読み進めています。

私が把握している範囲では「ちはやふる」の英語版は、単行本(公式)1巻&2巻、アニメ1&2、本誌(非公式)の3種類がありますが、日本語の原作ですら解釈が難しくて論争喧しい「ちはやふる」がどのように訳されているのか、仕事柄、大変興味がありました(私は情緒のカケラもない産業系ですので全く分野は異なりますが)。
以前ネットでアニメ版の英語字幕の評判が良かったという話を目にしましたので、こちらもいつか見てみたいです(一体いつになるのやら~)。


●「ちはやふる」の翻訳は難しい

私は漫画やアニメの翻訳の現場についてよく分からないのですが、それでも断言します。

「ちはやふる」の翻訳はエベレスト級に難しい。

私はこの困難に立ち向かう人々のことを想像するだけで、「プロジェクトX」のテーマ曲が脳内再生され、思わずハンカチを握りしめてしまいます。世の中には「そこに山があるから登ってみた(・ω<) テヘペロ」みたいな人もいるかと思いますが、もし「お前がやれ」と言われたら、私なら全力で走って逃げます。(←オイ)
まずは、この難事業に挑んでおられるすべての方々に、心からの敬意を表します。

では、「ちはやふる」の翻訳はなぜ難しいか。

①日本人にすら馴染みの薄い競技かるたが題材
→ ルールを分かりやすく噛み砕きながら、冗長にならずに表現するのが難しい。

②意味としての百人一首
→ 短歌としての情緒を詩的に表現するのが難しい。特にストーリーに絡める場合、説明的になりがち。

③青春スポ根ものの独特なテンション
→ 感情の高まりを表そうとすると強い口語表現(特に若者言葉)になりがちで、特に②との両立が難しい。

④話者が分かりにくい
→ 吹き出しの尻尾が少ない。モノローグも話者が混同されがち。日本語ならまだ福井弁=新、敬語=年長者に対するものと分かるが、英語になると一層分かりにくい。

⑤現在連載中の作品
→ 過去の伏線との整合性を図るのが難しい。洞察力とともに、リスクヘッジと感情表現のバランスが必要。

・・・などといった諸々の難関を、厳しい字数制限がある中でクリアせねばなりません。いかに多方面に造詣の深い優秀な翻訳者であっても、これらを一個人がすべて満たすのは至難の業ですので、コストとの兼ね合いを考えながらプロジェクト全体として品質を担保する仕組み作りが重要となります。さらに、作業者個人にとっても、調べ物の方向性が多岐に渡るので、実際の翻訳作業以外の時間も相当取られるはずです。

な~んて、さも知ったかのように語っていますが、前述の通り私は当該分野については全く未経験ですので、上記はすべて想像です。ただ、「ちはやふる」が他の言語に翻訳するには相当に厄介な作品であろうことは間違いないのではないかと思います。


●ちはやふるバイリンガル版1巻&2巻(公式。コミックス1巻~3巻)

私は漫画の英訳本を読むのは今回が初めてなのですが、今までに何度となく原作コミックスを読んでいるので、すでに展開もセリフも覚えてしまっていて、ぶっちゃけた話、今さら1巻とかを英語で読んでも特に目新しいものはないかと思っていました。
ところがどっこい、このバイリンガル版は、まるで「ちはやふる」を初めて読んだ時のような、とても新鮮な気持ちで読むことができました。

それでいて、するするっと違和感なく話に入っていけて、登場人物のセリフにも躍動感があって、以前自分が「ちはやふる」にハマった頃の感覚を思い出しました。
読んでいて本当に楽しかったです。あのドキドキ感をもう一度味わうことができるなんて、感謝感激です!!!

私にとっては買って良かったと思えるバイリンガル版ですが、一応問題点も指摘しておきます。

本書はバイリンガル版なので、日本語と英語が併記されています。
コマの中に効果音や言葉が含まれる絵(札や看板など)などがある場合、そうした言葉の英訳が本来のコマに入らずにコマの外につくことになりますが、その位置にも配慮があれば、なお良かったと思います。
(翻訳の問題ではなく、DTPとかその後のチェック機能の問題ですね。)

一番気になったのが、1巻の小学生時代の教室で千早と新が背中合わせにぶつかって、お互いを見るシーン。二人の目線が交差する先に、何と上のコマ(千早が太一に回し蹴りをするシーン)の 'ZONK'(ゴウ)という効果音が書かれているのです。

このシーンは、「ちはやふる」における4大ボーイ・ミーツ・ガールどきどき見つめあいシーンの一つです。
(管理人ねこむぎこの独断と偏見による。①新聞配達時、②教室でぶつかった時、③雪の中の「新、新や」、④高校生になってからの再会時「会いたかった!」。)

それなのに、見つめ合う二人の真ん中に 'ZONK'(ゴウ)ってあんまりではありませんか(涙)。しかも、名詞であまりよろしくない意味の単語のようですし・・・。

ついでにもう一つ。バイリンガル版2巻で須藤さんと対戦中の千早が「あれは私の特別な札だから どこにあっても手が伸びるよ 磁石みたいに」と新の姿を思い浮かべる、かの名シーン。新の頭のすぐ上に 'WHACK' (バッ)という隣のコマの効果音が書かれているのも、一ファンとしては悲しいです。'WHACK' の方が '...like a magnet.'(磁石みたいに)よりもずっと大きい字で書かれているので、よっぽど目につきます。

明確な誤植とかではないので修正は難しいのかもしれませんが、このような重要なシーンについてはレイアウトに特に配慮していただければと、切に希望します。
(何をもって「重要」とするかは定量的に判断できないので、また別の難しさがあるでしょうが。)

まあ色々書きましたが、全体としては大変良かったですし、満足度も高かったです。
次巻の発売予定は何時ごろなのでしょうか?待ち遠しいです。


●本誌英語版(非公式だけどいいかな?)

本誌英語版はボリュームが沢山あるのでさすがにすぐに全部は読めませんが、取り急ぎいくつか掻い摘んで読んでみました。

こちらは訳した人の解釈に依存する表現が多く、また、本誌が発行された時点での読者の立場(=先が読めない状態)で訳されているので、作品全体として見るには客観性、整合性の面で留意が必要だなと思いました。
(29巻まで刊行された状態で過去のエピソードに遡って読むのは、いわゆる「神」目線となってしまいますので仕方ないですよね。)

直近で私が一番興味深かったのは、154首です。
全国大会で新と再会した千早が太一のことを聞かれ、「でも 気配は感じるの」と答えたセリフがありました。
本誌英語版では、ここは "I sense his presence." と訳されています。

presence には「目に見えないもの」の意も含まれますが、語感として「存在感」のイメージが強いので、翻訳者さんにとっては勇気ある訳語の選択だったと思います。
もし私だったら、"I can feel him." ぐらいにしておくと思います。
(だって自分の解釈が正しいかどうかはその時点では分かりませんし、予想のナナメ上を行ったり、回収までにやたら時間がかかる伏線もあったりして、めっちゃ怖いんですもの。末次作品。)

その後、選手宣誓をすることになった千早が動揺しつつも、「でも 気配は感じるの」との自分の言葉を思い出して大役を果たすシーンに続きますが、これを "I sense his presence." と訳したことにより、千早の決意が一層鮮明になったように感じられて、この場面がピリッと締まったように思います。
ということで、presence は訳語として良い選択だったのでしょう。

一方、当ブログの記事「ちはやふる30巻154首感想+156首プチ感想」で、私は下記のように書いています。

*********************
さて、千早が新に語った「気配」については、解釈が難しいですねぇ。
太一と一緒に過ごした日々は心の中で生きている、とかでしょうか。
それともスタンド?
千早が「気配」という形容しがたい言葉を敢えて選択した理由がよく分からないので、今の段階ではかなり曖昧な印象を受けました。
*********************

日本語と英語では単語の意味する範囲が異なるので、「気配」という言葉の持つ形容しがたい曖昧さを presence という単語を用いることによって、ある意味、犠牲にすることになります。(意味上1対1とならないので。例えるならば、「気配」と presence をベン図で描いて、重ならない部分を切り捨てざるを得ないというイメージでしょうか。)

これは言語の性質上仕方のないことですが、もし私が英語版を本誌より先に読んでいたら、きっとこの上記の感想は出てこなかったことでしょう。

(ついでながら、太一の気配を感じる千早を見て、私が思わず「志村、後ろ後ろ!」とお約束のように反応してしまったことは内緒ですが(シリアスなシーンにホントすみません)、もし presence であれば、これも出てこなかったのではないかなぁと思います。)

結局、何を大事にしたいのかは人それぞれ、といったところでしょうか。


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