「ちはやふる」あれこれ

「ちはやふる」ほか、好きな漫画、アニメなど。

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ちはやふる31巻162首プチ感想

今回はプチ感想。一部ネタバレを含みます。
作中の描写に対する批判とも取れる記述を含んでいますので、気にされる方はご注意ください。愚痴というか、軽く毒を吐いています~ (^^;


●雑感


(千早)並べる札に「ちは」が来なくなった
(新) 千早はきっと この全国大会で 
    一度も「千早」にならんかったんや


長きに渡る千早の「迷走」の終わりが、ようやく見えてきたようです。これは大変良いお知らせですね。ここ数巻分の千早らしからぬ言動に対する違和感は、恐らく読者の多くが感じていたものではないかと思います。

別にいいのですよ。いつも元気で真っすぐな千早でなくったって。
己を見失うことだってあるでしょう。だって人間だもの(by みつお)。
また、自我を封印して勝負に徹するのも、団体戦でキャプテンとしての役割を果たすのも、立派なことです。・・・でも、やはり何かがおかしい。

「千早が千早ではない」状態というのは、アスリートのいわゆるスランプのようなものかと想像しますが、それを表現するのに主人公の悩みや葛藤の心理描写をほとんど用いないというのは、ストーリー漫画の表現手法としてはかなり特殊で挑戦的な試みだったと思います。(太一の退部以前は、太一の大量のモノローグと様々な描写(新に対する嫉妬とか)によって、千早の心情も、ついでにかるた解説も表現されていたのとは、非常に対照的です。)

そのような表現手法は、もしかしたら今後のカタルシスの演出に効果的に作用するのかもしれません。しかし、作中の時間では数カ月ですが、リアルタイム読者の立場では、主人公の心の動きが分かりづらいままで1年半ほど(もっとかな?起点をどこにするか次第ですが)を費やしたわけで、とにかくひたすら長かった。特に、千早の目線で物語を読もうとすると、うっかりもらい鬱をしてしまいそうな展開もあり、個人的にはしんどいなぁと思うことも正直多かったです。

もう少し千早の悩みや葛藤が明示的に描写されていたり、現状がスランプ状態にあるという提示があればまた違ったのでしょうが、千早の目線という意味では残念ながら私はついていけなかった。ただ、一連の表現を通して千早の苦しさを共有することだけはできたのかもしれません。

私の場合、暗く長い「迷走」の終わりを待ちきれなくて、千早の変化は成長に伴うものという理解でサクッと脳内補完をして折り合いをつけてしまいました(「千早が大人の階段のぼったら」という記事がそれに該当します)。でも、現在の千早のかるたがクイーンを目指すかるたに見えないことだけは指摘しておこうと思って「ボソっと独り言」という記事を書きましたが、結果的にはこちらの方が読み方として正解だったのかもしれません。さすが大人気長編。タイムスパンが半端ないです。


さて。あとは新のじいちゃん譲りのイヤなイヤーなドSかるたを通じて、千早が情熱と楽しいかるたを取り戻せるといいなぁ。千早がハッと顔を上げて新を見て、そんでもって新が柔らかく微笑んで「やっとこっち見た」なんて囁き声で言ってくれると、すんげー満足なんですが。(妄想パターンB。恥///)
(脳内アテレコ発動中。アニメ2期で、詩暢ちゃんとの対戦中に新(の中の人)が発した「ごめん」の囁きボイスはかなり秀逸でした。)

今回は、「千早が千早ではない」状態にあることに気が付いた新の少し切なそうな表情や、千早のかるたの分析を終えた後の「いつもどおり いくよ」「よろしく千早」のモノローグに、グッときました。相手を肯定も否定もしない、ただ全力を尽くすだけ、という新の姿勢は大変素敵です。もしかして、試合後に何か霧が晴れるようなセリフを千早に言ってくれるのかな?(妄想パターンC。内容省略www)

次回は太一も加わって、いよいよ大詰めでしょうか。
大変楽しみです。


【結論(?)】
何だかんだ言っても、結局はお釈迦様の手のひらの上ですかね。orz...

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