「ちはやふる」あれこれ

「ちはやふる」ほか、好きな漫画、アニメなど。

04月« 2017年05月 /  12345678910111213141516171819202122232425262728293031»06月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ちはやふる30巻155首感想2(才能とは?)

今回(155首)太一と詩暢ちゃんの聴力と努力についての描写がありますが、これは読者によって大変意見の分かれるところではないでしょうか。以下に、現時点で私が個人的に感じたことを徒然なるままに書いてみました。








う~ん、155首の「才能」と「努力」の表現にイマイチ納得いかない気分になった新ファン、詩暢ちゃんファンの方も多かったのではないでしょうか。(←あ、それは私かw)

一つ確実性が高そうだと考えられるのは、新と太一は生涯のライバルであるというフラグが立ったということでしょうかね。今までも「君(新)にも佐藤清彦九段のような人がいるといいな(by 吉岡先生)」とかありましたが、ここへ来ていよいよ明確化されたなという感じがします。太一は今後の努力次第では、高3で東西戦の東日本代表になったり、新に勝ったりできるぐらいのポテンシャルを持っているということになりますしね。(ついでに医学部にも当然合格する。もし東大の理三だったら地球外生物認定w)
とうとう物語の収束に向かっての折り返し地点に至った感があります。


さて、太一のモノローグでは、以下の3点が挙げられています。

①詩暢ちゃんの音を聴く力は太一と変わらない
②詩暢ちゃんの能力は後天的なもの
③詩暢ちゃんは努力でたどりつける最高点


詩暢ちゃんが努力の人という形容は、周防さんのフィルターを通して語られていますので、②と③についてはまぁ理解できます。周防さんは「感じ」の天才であり、それを武器に最短で永世名人にまで上り詰めた人ですので、「感じ」以外の才能はあまり問題にしておらず、自分以外はみんな努力の人の扱いなのでしょう。ただ、「感じ」以外をすべて「努力」と言ってしまうのはいささか乱暴な気がしますので、実際のところ本当に②と③の評価が妥当なのかは今後の展開を見ないと分からないなあと思います。

(個人的には、かるたが大好きで努力したり、情熱を持ち続けていられたりするのも才能のうちであってほしいところです。)

もしかすると、「感じ」以外の種類の才能を認められないのが周防さんの限界で、それ故に「誰の師にもなれんのだ(by 北野先生)」というところに落ち着くのかもしれません。スポーツの世界でも、名選手が名監督になるのはなかなか難しいようですし(そして迷監督はいっぱいいる・・・)。それに、周防さんは太一のことを「弟子ではない」と自分でも何度も言っていますしね。

とはいえ、原田先生との名人戦を「楽しかった」と感じてから、周防さん自身も変わってきている印象を受けます。周防さんにとって太一とは、どのような存在なのでしょうかね。友達?仲間?弟?同志?(愛玩用?)・・・それとも、いつかは本当に弟子になる?

太一を得てからの周防さんは、秋周防のシーズンオフにも関わらず、誰かの情熱を食べるわけでもなく、かるたを楽しんでいるご様子。また、太一を相当気にかけている印象です。

周防さんの小さな声は人に近寄ってもらうため。「周防さんの声が大きく聞こえるようになってきた」という太一を得て、周防さんもやっと孤独ではなくなったのかもしれません。周防さんにとっても太一にとっても、お互いの存在は救いになっているのかもしれませんね。


さてさて、問題は①です。

私は競技かるたは門外漢で、百人一首は虫ぐらいのレベル感なので、「感じ」と「聴力」が同義なのかは分かりません。もし、同じようなものであると仮定すると、太一は元々英語が流暢という設定ですので音に対する感受性が高いと考えられますし、吉野会大会でのY音勝負の描写もありましたので、音を聴く力が実は意外と高かった、ということについては個人的には特に驚きはありません。(さらに、幼少期にミセスプレッシャーがバイオリンぐらいやらせているかも。・・・似合うな、さすがだ。)

そして、周防さんとの練習の結果、太一の音に対する反応速度が向上しているのだとしても、これまでの描写に鑑みるに、「感じ」の能力自体は先天的なもので、訓練によって上がるものでもなさそうです。(反応速度は反射神経や反復練習なども重要そう。)
さらに、比較対象の詩暢ちゃんは高2の全国大会で富士崎のA級選手に対して「団体戦トップクラスの選手でもこの程度の耳や」と言っていますので、周防さんや千早や理音ほどではないにせよ、A級の中でもかなり上位レベルの音を聴く力があると考えられますし、詩暢ちゃんも自身の耳の良さについては自信を持っているとの印象です。

・・・ということは、太一には実は先天的な「感じ」の才能があった、ってこと??? えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!


正直なところ、詩暢ちゃんと太一の音を聴く力は同等であると明示的に言い切ってしまうとは、ずいぶん思い切った描写だなと思いました。桜沢先生も太一を「才能と戦う覚悟がある」と評価していましたし、私を含めて、これまで才能のそばで一生懸命努力をする太一に涙し、心を動かされてきた人も多かったのではないかと思いますので、これは信じていた世界がガラガラと崩れてしまいそうなほどの衝撃です。普通の人だと思って感情移入していたら、実は彼はスーパーサイヤ人だった、みたいな。ゴテンクスって何よ。

まぁ、今回はジョーカー太一をアゲるためのイベントということでよろしいのではないかと思うのですが、それ以上に気になるのは、もしかしたら、読者にこれまで積み上げてきたものが台無しになったと受け取られるリスクを負ってでも、末次先生が今後表現したいことがあるのかもしれないなということです。そして、太一が戦う相手は新ですから、もしやそれは新についてのことなのかしらんと超ポジティブに妄想してみたり。(あ、でもまずは出番、出番。次こそは出番あるっさ!)

・・・それとも、実は太一の「感じ」の良さは初期設定だった?
(うろ覚えですが、末次先生は以前「太一というキャラクターが勝手に動き出す。キミが頑張るというならもっと試練を与えてみよう」というような趣旨の発言をされていたと記憶しています。)

閑話休題。


いつか名人やクイーンになる!といっても、名人戦やクイーン戦は毎年あるわけで、一回なったらお終いというものではありません。頂点に君臨し続けるためには、さらに強くなるための努力をしたり、年齢を重ねてもその強さを維持することが求められます。そのためには、一定以上の「感じ」の才能(十分条件。そしてピークを過ぎたら下降する)と同時に、それ以外のもの(必要条件)も絶対にいるわけで、それ故に千早は周防さん(感じ)と詩暢ちゃん(札とのつながり、一点を狙っての反応速度など)の二つの強さを身に着けようと頑張っている。そして、二つの強さを身に着けて千早自身の「千早振る」を体現した時、千早は初めて詩暢ちゃんの「生涯の」ライバルたる資格を持つのだと思います。

(余談ですが、「感じ」に偏った周防さんと猪熊さんは、それぞれ目の病気や3人目のお子さんの妊娠の件でカモフラージュされていますが、いずれは退場を余儀なくされる存在だと思っています。猪熊さんについては、もしかしたら別の強さを身に着けてまた戻ってくる可能性もあるかと思いますが、それはまだまだずっと先の話でしょう。)

そうした意味で、これまで本作品で頂点に君臨し続けるための必要十分条件を満たしているのは、千早、新、詩暢ちゃんの3人のみでしたが、ここにきてようやく太一が加わってきた。(周防さんは5連覇して永世名人になりましたが、天才なので規格外扱い。)

長らく一人少女漫画状態だった太一さん(ヒロイン?)、
少年漫画の世界へようこそ~。



新と太一の「感じ」がほぼ同等だとして、それぞれの努力の先に結果を分けるものが何なのか。楽しみですね。
作中で明らかにされるその時まで、あれかな?これかな?と妄想の世界で楽しむことにします。

(あ、もちろん千早と詩暢ちゃんのシーソーゲームにも期待していますよ~!)


【結論(?)】
もしかして太一、頑張りすぎちゃった・・・?

関連記事
スポンサーサイト

*** COMMENT ***

NO TITLE

ねこむぎこさん、こんにちは。


ねこむぎこさんの太一の聴力に関しての考察が鋭くて、すごく興味深かったです。
聴力を示す数値に現クイーンとの能力差はほぼ無し、という事実を知った太一は、
目の前の霧が晴れた思いだったでしょう。
                                 
かるたに関してじぶんは「凡人」だと“思い込んでいただけ”とわかったのですから。
                                 

>もしかしたら、読者にこれまで積み上げてきたものが台無しになったと受け取られるリスクを負ってでも、末次先生が今後表現したいことがあるのかもしれないなということです。
                                 
                                 
あり得るかもですね!!

しかし一方で、太一にだけこんな魔法を掛けてしまったら、
詩暢ちゃんや新がかるたに向き合ってきた時間は一体何だったの?
と、言いたくなってしまうのも、心情で…。

これまで、
太一の人気は「リアル」を背負っているからこその“共感”、
新の人気は「夢」を体現しているからこその“憧れ”、
これが彼らの人気の源なのだろうな、と、ぼんやり予感していたのですが、

この急展開な事実の提示に至り、
むしろ太一の方が「夢」を体現しているのではないか、と思ってしまいました。

千早でも6年かかってよじ登ってきたステージに、
一気に上り詰める(かもしれない)太一。
これが「夢」でなくて、なんだというのでしょう

太一、YDK(=やれば出来る子)にも程があります…。

べジータや悟空のスーパーサイヤ人レベルは確かに夢レベルですが、
“武闘を極める”という志が前提にあって、
その上で修行という絶対的な時間の積み重ねがあり、
はじめて体得することのできた力であることは言を待ちません。

そんな前提をも覆す時間圧縮の未来道具を太一に与えようとしている末次先生…。
そこにはいったいどのような意図があるのでしょう…!;(((;゚Д゚)));ガクブル






musicasskyさま

こんばんは。
ご来訪いただきどうもありがとうございます。

私の心の叫びを過不足なく代弁していただき、本当にありがとうございます!
今回の太一アゲはもはや魔法レベルですよね。


>>リスクを負ってでも、末次先生が今後表現したいことがあるのかもしれないなということです。

なんかもう自分の心の平穏を保つためにこれ↑を捻り出した感が自分でもあります。
自分で言っておいて、身も蓋もなくてすみません。
ジメジメした冬の時代が長すぎて、いつの間にやら自分の身を守る術を編み出していたようでして。。。


>太一、YDK(=やれば出来る子)にも程があります…。

あやうく飲みかけのお茶を吹きそうになりました~(笑)!


ところで、musicasskyさんのブログのコメント欄を拝見しましたが、私が自分のブログ本文で「それ以外のもの(必要条件)」と逃げ・・・、基、ボカしているところ(あ、一緒かw)を、musicasskyさんが見事に種明かしをしてくださった感じがしました。
自分ではうまく表現できなかったので、感謝感謝です。
皆さんのコメントも深くて素晴らしいですね。「ちはやふる」への愛を感じます!

私もスターウォーズ大好きですよ。
新作の公開が待ち遠しいですね。

お時間のある時にでもまたお越しいただけましたら幸いです。

コメントの投稿

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。